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刺草の雑記帳

好きなもののことを書き留めるブログ。刺す草と書いて「いらくさ」。

ダウジングはじめました

ポケモンのゲームをやったことがある人なら、ほぼ間違いなくダウジングマシンのお世話になったことがあるだろう。私は洞窟や浜辺でアイテムを探すのが好きだ。しんじゅやほしのかけらが見つかると、換金するしか使い道のないアイテムなのに妙にうれしい。

そんなわけで、昔からちょっと興味のあった「ダウジング」。ゲーム同様、見えないところ(地中など)にあるものを探す方法であり、占いに使ったりもする。

 

今年の春ごろから、とあるアニメの影響で、ダウジングの道具の一種であるペンデュラム(振り子)が気になっていた。主人公が身に着けている、銀色の鎖につながれて揺れる水晶っぽい石。色からするとアクアマリンやアクアオーラあたりだろうか(たぶん謎のパワーとか持った人知を超えた石だと思うが)。それが揺らぐさまが綺麗で。

ああいうの欲しいなあと思ってしばらく探してみたが、なかなか好みのものが見つからない。悩んだ末、まずは使い方を覚えることにして、ペンデュラムが付属するダウジングの入門書的な本(奇蹟 ダウジング占い―未知なる力を導く振り子パワー)を買ってみた。

 

その本を読みつつ、ここしばらくダウジングの練習をしている。ペンデュラムに向かって、答えが明白で、イエスかノーで答えられる質問をなげかけてみたり、ちょっとしたこと(季節の変わり目なので体調に関連することなど)を尋ねてみたり。

ペンデュラムは思いのほかすんなり動いてくれて、オジギソウの葉を触ったら期待通り閉じてくれたときのような小さな感動を味あわせてくれた。

答えがわかっている質問にはだいたい正しい返答があるが、私が答えを知らない質問の正答率についてはまだなんともいえない。携帯が行方不明になった時にダウジングの出番だと意気込んだが、さてどこから探そうかと辺りを見回した瞬間に自力で発見してしまったし。

 

小さい頃、星占いやらタロットやらおまじないやら、不思議なものに関心があった。

けれど占いをするには悩みがなく、おまじないをするには願いがなくて、結局きちんと習得することはなかった。手段を学ぶ手立てはあっても目的がなかったわけだ。特別強く求めるものは今もない。占いなどは(私はそう豊富でない)人生経験が大事だとも聞くので、ますます縁遠いものに感じる。

そういう人間でも気負わずにできるのが、ダウジングの長所の一つなのではないかと思う。不思議なものではあるが、水脈だとか地雷だとかを見つけるのに役立つあたり、どこか「おばあちゃんの知恵袋」的である。トウモロコシのちょうどいい調理時間や大きい魚の釣れる場所を調べることもできると、上で挙げた本にも書かれていた。たぶん他の占いは、そういうことを尋ねられたりしないんじゃないだろうか。

 

ちなみに、バランスが取れた重りに紐かなにかをつければ振り子として使えるそうなので、自分でも作ってみた(本についてきたものも、シンプルで丸みがあって可愛らしいけれど)。チャート(数字等書かれた紙)を使う場合は先端が尖った重りでないと答えが判別しづらいそうだが(まだそちらは試していない)、一応問題なく使えているように思う。

 

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重りには石を使った。気に入って買ったものの、そもそもアクセサリーをほとんど身に着けないので持て余しがちな大きめの石のビーズ。薄いドーナツ型×2(アマゾナイトとオニキス)と、角を削った円柱みたいな形のもの(カーネリアン。細い皮ひもが通るくらいの穴が空いている)。手元に好みの色や太さの紐がなかったので、これらにダイソーで買ったレース糸(20番。太目のものらしい)で紐を作って、穴に紐を通して結び、振り子状にする。

最初は鎖編みで作った紐を使っていたが、すぐにへたってくしゃくしゃになってしまったので(本来の用途ではないし)、四つ編みで新しい紐を作った。以前よりは強度が増したと思う。糸の端は、カーネリアンの石を通した側は二本の糸を半分に折り左右結びしてから四つ編みしたのでほつれたり毛羽立ったりしていないが、それ以外はコイル巻きしただけ。

 細長い形をした磨き小石(ハウライト)は、穴がないので石包みにした。紐で網のようなものを作って石を入れる。

 

 

今回作ったものはほぼ石とレース糸だけでできたシンプルなものだが、本気で作ろうとするとワイヤーアクセサリーや銀細工を勉強する必要がありそうなので、今はこの辺でとどめておく。

 

ものと思い出

ここしばらく、一日に3~5個程度ものを捨てるようにしている。ひとまず先週までで1か月続いた。

本当に必要なもの以外捨てて持たないようにする、というのがここ数年流行っていて、そういう試みのひとつにたまたま触発された。ちょうど、風通しの悪くなりがちな部屋の隅に置いていたものがカビ臭くなってしまって凹んでいたり、身内に「近所で婚活イベントやるけど出ないの?」などとからかわれた際ふと「仮にそういうのに参加したとして、家に異性とか呼べる状態じゃないなこれ」と思ったりしたところだったのだ。人に言われてする掃除や片づけというのは無性に面倒くさいが、ようやく自発的に片づける気になった。

やってみて思うのは、やはり捨てるのが厄介な代物というのがあるな、ということ。大きいもの、丈の長いもの、いまひとつ捨て方のわからないもの。それらはどうしても後回しになってしまう。今後、できるかぎりそういうものは増やさないようにしたい。

とはいえ、だいたいのものは捨てるのがそれほど大変ではない。溜まっていたレジ袋などにこまごましたものを5つくらい詰めて捨てるだけなら、さほど難しくはなかったし、部屋はそこそこ片付きつつある。特に困っていないならやる必要もないだろうが(それなりに楽しいけれど)、片づけたりするのを苦行ではないと思えたのは収穫である。

 

昔使っていた、今は使わないものを捨てながら考えていたのだが、ものを捨てられない理由の何割かは、「覚えていられないから」だろう。ものを見ることで思い出す記憶があるなら、ものを捨ててしまえば忘れたままになってしまうのではないか。そのせいで捨てるに捨てられない。

もしなんらかの方法で、人間の記憶力を今よりずっと良くすることができたら。人は今よりものにとらわれなくなるのだろうか。それとも、「記憶している」と「思い出せる」は違うから、「思い出すきっかけ」の重要性は変わらないのか。

ものをとっておく以外で思い出を保つ、あるいは思い出を時々引き出す方法があるとすれば、それは多くの人と関わることだろうか。家族や友人、職場の人、近所の人たち。彼ら老若男女と積極的に関わる。そのなかで「あの子くらいの年の頃、あんなことがあった」「そういえばうちのおじいさんもそういうこと言ってたなあ」などと、昔を思い出す。人間は長いこと記録をあまり残せない状態で生きてきたはずで、あえて記憶に留めようとする必要など、ほんとうはないのかもしれない。

今週の植物 6月第2・3週

 

 しばらくさぼってしまったので、2週分まとめた。

 

2週目

  • かれこれ十数年前から植えてあるはずのカスミソウ(宿根のもの)が、今年も咲いた。かよわそうに見えて結構丈夫。
  • ペリカムとビヨウヤナギがよく似た花(サイズは違うけれど)を咲かせている。
  • 「花目当てで買ったサボテン2号(以前ここに書いた方は1号。ピンクの花が咲く)」に赤い花が咲いた。2号はおそらく「白檀」という品種のサボテン。白い細かな棘の生えたサボテンで、花の赤がよく映える。
  • フェイジョアが開花中。赤いおしべが目立つ花。一本の木だと実がつきづらいとのことで、これも別の木に咲いた花の花粉をつけた。
  • 4月半ばに植えたチューベローズがついに芽を出す。
  • カキの木に小さな実が。近所のイチョウの木の下にも緑の銀杏が落ちている。
  • しばらく前まで順調に伸びていたホップが元気を失いつつある。枯れてなくなりはしないものの、暑さにはやはり弱いようだ。

3週目

  • ペリカムが実になりつつある。黄色い花とうっすら赤く色づき始めた実が混在。
  • ネムの木にピンク色の花が。オジギソウの花となんとなく似ていた気がして検索してみたが、ネムの花は広がり気味の刷毛のような形で、オジギソウの花は毛糸のボンボンのような形だった。結構違う。
  • ネジバナが芝生の中で花を咲かせている。風で揺れると、引っぱったりした後のばねがびよんびよんと振動しているさまを彷彿とさせる。
  • 家のプラム、ブルーベリーが採れ始めた。
  • アオジソが葉を摘める程度に成長。去年のこぼれ種が思ったより育ってくれた。
  • フダンソウを蒔いてみた。茎がカラフルな菜っ葉で、夏でも収穫可能とのこと。
  • クチナシの花の匂いがする。

今週の植物 6月第1週~葉っぱと雫~

ペリカムに黄色い蕾がついた。赤い実が可愛らしいので切り花用にと思って、ちょうど去年の今頃買ってきたものだ。先日はハキリバチに葉を持っていかれたりもしたが、順調に育ってくれて嬉しい。

最近気づいたのだが、ヒペリカムは割とよく葉っぱに水滴を乗せている。サトイモやハスほどではないにせよ、葉が水をはじきやすいのだ。雫って綺麗だよなあと思いながら、雨のあとは庭に出てヒペリカムを眺めている。

畑に植えたナスタチウムの葉も、よく水をはじく。葉に水を落とすと、玉になってころっと転がっていく。キンレンカ(金蓮花)やノウゼンハレン(凌霄葉蓮)という和名のとおり、小ぶりのハスの葉のような、丸く可愛らしい葉。

 

自前の雫で自らを飾りたてている植物もある。

去年の今頃買ったモウセンゴケ(モウセンゴケ ビナータ)は、今年も元気に徒長中だ。多肉植物を見慣れているせいで徒長しているように感じるだけかもしれないが、びろびろと伸びて垂れ下がり気味である。日照は足りていると思うのだけど。周りの植物にしなだれかかり、少しばかりうっとうしい。何度か「やっぱりハエトリグサにしとけばよかった」と後悔した。

しかし、葉に生えた赤い毛(粘毛というらしい)と、毛の先につく雫(粘液だけど)は繊細そうで、文句なしに美しい。最近雨続きで湿度が高いので、モウセンゴケも生き生きとしている気がする。

 

 湿気も多くて憂鬱になりがちな時期ではあるが、雨を受けて青々とした植物や、葉についた雫を見ると心が晴れる。梅雨にはこういう楽しみもある。

 

 

  •  ナスタチウムの葉をサラダに混ぜて食べてみた。ぴりっとする。
  • クレソンは見事に葉を虫に食われてしまった。ルバーブも相変わらず虫に人気。そんなにおいしいのか。
  • コキアと黄色い花のカモミール(ダイヤーズカモミールというらしい。観賞用あるいは染料にするものだとか)の苗を入手。
  • アジサイが色づきつつある。
  • タイサンボクが白い大輪の花を咲かせているが、立ち止まりづらい道路沿いや、人様の土地の奥の方に植えてあったりして、近所にはゆっくりじっくり観察できる場所があまりない。遠くからでも目立つ花だけれど、もっとそばで見たいものだ。
  • タバコの花が咲いている。淡いピンクの花は、体格の割に小さい。
  • エアプランツがひとつご臨終。冬に水不足気味だったせいで弱っていたのか、しばらく前にも2つほど枯らした。来年こそは越冬を成功させたい。

今週の植物 5月第5週~赤い実は口のなかではじける~

 

小学生の頃、「赤い実はじけた」という話が国語の教科書に載っていた。

 

赤い実 はじけた

赤い実 はじけた

 

 

内容はうろ覚えだけれど、女の子の初恋を描いた作品で、恋の訪れの衝撃を赤い実がはじけるのにたとえていたように記憶している。

家のグミやジューンベリーの実が熟したのを食べていて、そんな話があったなあと思い出した(作中では赤い実は食べていなかった気もするが)。

グミの実は、表面がぶつぶつしているが透明感があって綺麗な赤色。甘酸っぱく少し渋い。ジューンベリーの実は赤紫色に熟し、形はブルーベリーに似て可愛らしい(種はブルーベリーより少し大きい気がする)。今回はじめて食べたが、すっきりした甘みがあって結構おいしい。

可愛らしい形と鮮やかな色、甘さや酸っぱさ。視覚だけにとどまらず、味覚にも訴えかけてくるのが心憎い。

一度くらいはバラの花束など思い人に贈りたいものだが、かご一杯の赤い実も同じくらい相手の心を動かすのではないだろうか。その人が「赤い実はじけた」の話を知らない人だとしても。赤い実には、花に負けない美しさがあると思う。

私は贈る相手がいないので、誰か試してみてほしい。

 

  • ザクロの花が咲いているのを見かけた。橙色がかった赤の花で、花びらはくしゃっとしている。艶のある明るい緑の葉も綺麗。
  • ヒメヒオウギも開花中。橙色がかったピンクの花が可愛らしい。上に挙げたザクロやナガミヒナゲシなど、橙色そのものよりは、橙色っぽい赤やピンクが好み。
  • 先日芽を出したアーティチョークアサガオに本葉が出てきた。どちらもまだ2枚。アーティチョークの本葉は小さいながらも既にぎざぎざしている。アサガオはだいぶ前に国立歴史民俗博物館でもらってきた変化朝顔(の子孫)で、今年もくるんと丸まった葉を出した。
  • 地植えしてあるミニバラの葉に、赤い実(表面が少しとげとげしている)のようなものができていた。調べてみたが、バラハタマバチが作る虫こぶであるらしい。割と綺麗なのだが、本来できるはずのないところに、気がついたら実(のようなもの)ができているというのは不気味なものだ。
  • 一日か二日見ないうちにサボテンの花が咲き、終わってしまった。花が気に入って買ってきたサボテンだったのだが。さほど手をかけなくてよいのは多肉植物のいいところだが、それが災いすることもある。
  • 稲もだいぶ大きくなってきた今日この頃。青々している。
  • カタバミに花と実が。見かけるとついつい実を触ってしまい、種を辺りに飛び散らせるのに協力してしまう。さほど背丈が大きくなるわけでもないし、なにより実が破裂するのが楽しいから、この植物にはだいぶ甘い。